とうとう・・・ガンになってしまいました【精巣(睾丸)腫瘍】とリンパ節の転移

精巣腫瘍の発見から、摘出手術→BEP(科学)療法→回復したのかな?!→BEPのブレオマイシンの副作用【薬剤性の肺障害(肺繊維症)】発症!とゆう闘病の日記のような内容になります。ガンにならないためには、どうしたらよいのか?なにかできることは?とゆうことも、書いていこうと思います(*‘ω‘ *)

とうとう・・・ガンになってしまいました【43回目】精巣腫瘍「第3クール目最後のブレオ熱との戦い!!」

こんにちは、こんばんは(^_^)

 

ちょっと更新のほうが遅くなりました<(_ _)>

先日、とうとう抗がん剤治療【BEP療法】の第3クールが終了しました

最初に入院してから、合計【89日間】が経過しました。

1クール三週間とゆうことですが、どうしても三回目のブレオを行うのに必要な血中の【白血球・血小板】数などが少なくなってしまい、三回目のブレオが予定通りの日に行われることは、実際のところありませんでした。

ですが、三回目のブレオのあとは、採血の結果がよければわりと早い段階で、一時退院させてもらえるので、それは嬉しかったです(^ ^)

 

今回の、最後のブレオを投与する日のことをまだ書いてないので、書こうと思います。

ちなみに、現在は、とりあえず予定の3クールが終了したので、いったん退院しておりますが、すぐにCT撮影がありまして、その結果次第では、第4クールが始まります。

 

【第3クール最後のブレオ投与】

非常に大変な一日となりました。

やはり、血中の白血球数などがかなり減っておりましたので、前日までは五日間連続で、血中の白血球を増やすための【グラン注射】を行っておりました。

当日は、先生の「今日は予定通り、抗がん剤治療を行います」、とゆうような一言で、ブレオが行われることとなりました。

わたしは、全てのクールで毎回、三回目のブレオの投与で高熱が出ていました。

一回目が39.2度、二回目が39.6度の高熱が出ました。

 

治療のほうは、予定通り胸に入れてあるポートに注射針を挿して、午前10時から始まりました。

ブレオは10時間連続なので、だいたい午後8時ほどで終了しますが、今回は20分ほど遅れましたので、10時20分頃に始まりました。

終了の予定はおよそ8時20分くらいになります。

 

わりといつも通りに、午前は調子よく経過しましたが、今回は、思いのほか、ものすごく早い段階で熱が上がり始めました。

午後1時過ぎくらいで、じょじょに寒気が始まり、熱が上がってきました。

看護師さんに熱が上がってきた、とゆうように言い、カロナールをもらいました。

37.8度ほどになっていましたが、あまり体温に変化はありませんでした。

少し、寒気などが軽くなったように思いましたので、とりあえずガマンしていました。

 

その後、3時前くらいでとうとう熱が【39度】を超えました。

寒気もかなり強くなり、体の痛みが激しくなりました。

主に下半身が全体的に痛くなり、かなりつらい感じでした。

いつもは、終わる2時間くらい前に、熱が最高値(39度)になるので、「あと少しだから、なんとか頑張ろう・・・」と思ってがんばっていましたが、今回は、まだまだ、前半の段階で39度を超えましたので、かなりの絶望感でした。

まだまだブレオは5時間以上あるのに、39度を超え、絶望的な寒気と、体の痛みで、今回はもしかすると、耐えられないのではないだろうか・・・と思いました。

 

その後間もなく、体温はとうとう【40.3度】に上がりました。

今まで40度を越えたことはなく、こんなにも明るい時間に高熱になってしまったことで、かなりあせりました。

 

看護師さんに言いますと、「鎮痛剤か座薬しますか?」

といいますので、鎮痛剤はなにも効かないことがわかってましたので、座薬でお願いしました。

座薬をしてもらいますと、いくらか体の寒気や痛みが落ち着いたように感じましたが、熱はあまり下がりませんでした。

しばらく、【40.0度】の状態が続きました。

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熱は40度・・・

永遠とも思われる寒気・・・

体の痛み・・・

寒さで頭まで布団のなかに潜りつづけ、耐えておりましたが、座薬をしてもあまり体調に変化もなく、とうとう精神的に限界が来ておりました。

「もう・・・ブレオの機械のストップボタンを押してしまおう・・・・」

と思いました。

こんな状態で、まだまだ外も明るいのに、夜の8時すぎまで耐えられる気がしませんでした。

看護師さんを呼びました。

「もう限界です・・・」と言いました。

「座薬が効いてくると思いますので、もう少し頑張ってください」と看護師さんがいいました。

もう、限界でしたので、ガタガタと寒さに震えながら、体の痛みと戦いながら、

「もう・・・ブレオを・・・・止めよう・・・・」と思いました。

が・・・・

その数分後あたりに、とうとうようやく、座薬が効いてきたようで、体の痛みと寒気が、少しだけ収まりました。

「もう少しだけ・・・耐えてみるか・・・」と思いました。

やはり、自分のなかでも、いったいここで自己判断でブレオを止めた場合、この三回目のブレオはどうなるのか、今後の治療はどうなるのか、医師の方々はどのように判断するのか・・・色々と恐怖はありました。

最悪、「もう、うちでは、治療を継続するのをやめさせてもらいます」

とゆうような流れも、ありえるように思えました。

この病院そのものは、作りも新しくきれいな病院なので、近所には古く、汚い病院ばかりで、そもそも道内では、歴史のある街なので、古い病院が中心であり、そういったところに転院させさられる、とゆうような恐怖もありました。

また、1から三回目のブレオを、後日、やり直すことになる、とゆう恐怖もありました。だんだん、回を重ねるごとに副作用がひどくなるのに、また1からブレオをやり直したら、今度はいったいどうなってしまうのか、あまりにも恐ろしい想像でした。

そうゆうような、恐ろしいことを妄想したりもして、なんとか耐える方向で、ガタガタとつるつるの頭を、布団のなかにずっと突っ込んだまま、耐えていました。

40.0度の状態は一時間以上も続きました。

なぜか、いつも必ずつきものの、吐き気はきませんでした。

 

4時すぎくらいまで、なんとかかんとか耐えていますと、少しまた体が楽になったように思え、体温を測ると【39.6度】に。

少し下がったな・・・・と思いました。

これなら、なんとか耐えられるのではないか・・・

そう思いながらも、ひたすら、あと何時間でブレオが終わるのか計算していました。

 

そうこうしているうちに、とうとう5時に。

あと・・・三時間と少しか・・・・

そのころには【39.2度】にまで下がりました。

寒気や、体の痛みが収まってきていました。

 

その後、なぜかいつもよりも早めに、子供らがきました。

ちょっと子供らに、今日のブレオがいかに地獄であったか・・・

とゆう話を、ひたすら毒づきまして・・・・(^_^;

だいぶ、そのころには熱も【38.8】度ほどに落ち着き、だいぶキツさは楽になっていました。

子供らに「まじで・・・ぶっ殺されるかと思ってな・・・・死んだり・・・頭が高熱とかでおかしくなった時のために・・・写真とっといたんだわ・・・・」

などなど、いろいろと子供らに毒づき、なんだか精神的にも楽になりました。

実際・・・・40度の写真は、なにかあった時のために、なんとかガクガクと震える体で、なんとかかんとか撮ったものでした。

ほかにも、ブレオの投与している自分の名前や、薬の名前などなど、写真になんとか震えていますが、撮りました。

なんとか、助かってよかったなあ、と思います。

 

その後、なんとか夜の8時をすぎ、子供らも帰宅し、その20分後・・・・

とうとう、長い長い・・・ブレオが終了しました。

 

ようやく、ついに、予定されていた【BEP療法3クール】が完了しました。

ただ、思いのほか、「とうとう・・・やった・・・・終わった・・・」

とゆうような喜びは、まったくありませんでした。

やはり、先生の「第4クールもやります」とゆうような、そんなようなお若い、Drコトー似の先生の、発言が頭から抜けてなく、ずっと恐怖に思っていたからだと思います。

どうせ・・・・第4クール目も・・・・あるんだろう・・・?

とゆうのは、やはり、気持ち的に、あります。

ただ、2クール目のCTのあとに、かなり小さく、薄くなっている腫瘍の画像を見せてもらいつつ、最も偉い先生が「順調ですね」「痕跡が残っている感じになっています」

とゆうように言われていたので、もしかすると、3クールで終わるんじゃないか!

とゆう希望も、あります。

 

今は、まだ立ち上がるたびに、壁にもたれながら、立ちくらみとの戦いですが、なんとか自宅で、三日後のCT撮影を待っている状態です。

なんとか、消えてくれていたら、嬉しいなあ・・・・

いったい、どうなるのか・・・・

 

では、このあたりで、失礼いたします(^_^)でわでわ