とうとう・・・ガンになってしまいました【精巣(睾丸)腫瘍】とリンパ節の転移

精巣腫瘍の発見から、摘出手術→BEP(科学)療法→回復したのかな?!→BEPのブレオマイシンの副作用【薬剤性の肺障害(肺繊維症)】発症!とゆう闘病の日記のような内容になります。ガンにならないためには、どうしたらよいのか?なにかできることは?とゆうことも、書いていこうと思います(*‘ω‘ *)

とうとう・・・ガンになってしまいました【45回目】精巣腫瘍「BEP第3クール完了後の、CT撮影が終わりました」

こんにちは、こんばんは(^ ^)

 

ついに、先日、BEP3クール終了のあとの、CT画像を造影剤を投与して、撮影しまして、治療の結果が出ることとなりました。

当日は、前日からの天気予報のアプリなんかでも確認していましたが、天気が良い感じでした。

 

少し、予定の時間から遅れてしまいましたが、無事に病院に着きましたわたくしは、カードでの受付をすませ、泌尿器科のほうに受付カードを提出し、まず遅れたせいなのか、いきなりCT撮影のほうへ行くこととなりました。

さっそく、CTの撮影受付のほうに行きまして、造影剤を投与され、体があったかくなる感じを感じながら、息を吸ったり止めたり、などの指示のなか、もう何回目かのCT撮影をしました。

その後、【採血】と記入されていましたので、CTの兄さんに、「採血、と書いてあるんですが・・・」とゆうようなことを言いますと、あちらのほうで採血をしてもらってください、といわれましたので、採血のほうに行きました。

採血のほうで、順番がくるのを待ち、自分の番になったので行きますと、どうにも、造影剤を投与された後に、採血をすると正確ではなくなってしまうので、次からは、採血を先に済ませて下さい。とのことでした。

 

その後、泌尿器科のほうへと戻ると、少し待つと【検尿カップ】を持って看護師さんが来ました。

尿のほうは、検尿があると思い、しばらくしてなかったので、すぐに検尿を済ませました。

 

その後、すぐに泌尿器科の待合のほうに戻り、待っておりました。

 

やはり、数日前から、3クールが終わった後のCT撮影は、非常に恐ろしく感じていました。どうしても、良くない想像ばかりが脳のなかを駆け巡っておりました。

最も自分にとってキツいのは、第4クールが来ることです。

第4クールだけは・・・耐えられない・・・。

最もきついのは、最初の5日間の連続BEPの三種の抗がん剤の連続投与と、三週目のラストのブレオですが、先日の三週目のラストのブレオでとうとう40.3度の熱が、かなり早い昼間の段階で出てしまい、どんどんブレオをやればやるほど、発熱が起きる時間も早くなり、発熱の温度も上がっていましたので、いったい次の四回目ではどうなってしまうのか・・・・恐ろしくてどうにもなりません。

どうにも、少しネットで調べてみたところ、人間の体温が発熱によって42度を越えてしまうと【死にいたる】とのことで、ビックリしましたね(^_^;

なにやら、42度を越えることによって、体のなかのたんぱく質などが固まってくるとゆうことで、脳などもかなりマズいみたいで、おそらくかなりの確立で、次のブレオでは41度くらいにはなると思われますので、これはもう、まさに生き死にの際(きわ)、とゆうギリギリのラインだと思います。

40度を越えますと、とてつもない寒気と、ものすごい体の下半身の筋肉の痛みで、布団のなかに頭までもぐりこんで、ガタガタと震え続けるしかありません。それが夜の8時すぎまで、昼あたりから続くわけですので、それがもう、また間違いなく起こることが確定しているとゆうのは、かなりのキツさです。

とにかく、第4クールをやることになったら、なんとか、ブレオを使わないものもあるそうなので、それをひたすら死ぬ思いで、先生にアピールしてみるしかない、と思っていました。なんとかブレオだけでも避けられたら、なんとかなる、とゆう気持ちもありました。

漫画の「さよならタマちゃん」のように、きれいに腫瘍が消えて、予防のためにブレオなしの【EP療法】ブレオ(B)なしの、シスプラチン(p)・エトポシド(E)の二つの抗がん剤を最初の五日間行い、再発の予防のための治療を最後に行って、本当に完了、とゆう流れになんとかなってくれないだろうか・・・・とゆうことは、何回も考えました。

 

ただ、前日くらいになりますと、あまり「そんな想像ばかりしていても・・・どうにもならないんだよな・・・」と思うようになりました。

どうゆうことかと言いますと、こう考えておりました、「いくら考えたところで、体のなかにある腫瘍が、消えるわけでも、増えるわけでもない」とゆうことで、どんなに考えて、悩んで苦しんだところで、結果はもう、体のなかに出ているわけで、いくら考え苦しんだところで、CT画像にうつるものは、もう変わりようがなく、もう今この時点で結果は出ている。とゆうことでした。

 

どんなに悩んで、苦しんでみたところで、CTは撮るしかないし、結果はもう体のなかで、出ているわけですので、もう、いわゆる自分は【まな板の上の鯛】なんだ、とあきらめるしかないわけです。

ただ、先生は一人ではないわけですので、お若いDrコトー似の先生は、以前から「4クール目もやります」的なことを言っていたので、もしかすると、お若い先生が私の最も優先的な位置づけであった場合、治っていても4クール目が行われる可能性もあるだろうな・・・とゆう気持ちも、少しありました。

「最低でも3クールは、やって頂きます」

とゆうような先生のセリフなども、何度も頭を駆け巡りました。

最低でも・・・か・・・・・・・

完治したように見えても、目に見えない顕微鏡レベルのものが残っている場合がやはり、少なくないようだし、EPだけでも、4クール目は避けられないんではないか、とゆうように考えていました。

「もう少しですね」

とゆうような結果が、最も可能性としては、強いように思っておりました。

そして、始まる第4クール。

なんとか乗り越え、結局、第5クールへ・・・。

まだ治らず・・・腹を真ん中から30センチ以上切開して行われる、とゆう後腹膜リンパ節の切除術・・・。

それでもまだ治らず・・・超大量化学療法といわれる、白血球数が0になるほどの大量の抗がん剤を、無菌室に入って行われるとゆう、ただでさえきつい抗がん剤を、さらに【超大量】使用するとゆう、超大量化学療法・・・・

それでも治らず・・・第6クールへ・・・・・・・・

考えれば、考えるほどに・・・どうにも、治るとか・・・回復するとか・・・そうゆう方向から遠ざかっていくのみでした。

 

お話のほうを戻しますと、やはり一時間はいつも待ちますので、一時間ほどすると、かなり待っている方々も減ってきました。

待っている人々が減ってくると、おのずと、なんとなく自分の番が、あと数分か、数十分だな・・・とゆうのが、分かってきます。

そして、昼の2時頃になると、先生の名前のプレートが全て外されました。

これは、お昼休みなんだろうな・・・と思っておりましたが、よくわかりません。

20分ほどすると、二人の先生で診察をしていたところ、三人の先生で行われることになったようでした。

わたしは、やはり、いつのまにやら最初のころ、最も泌尿器科では偉い先生であり、この大きい病院でも、かなり偉い地位にいる先生が、少し恐ろしく感じていましたが、廊下でたまに会って挨拶をしたり、朝の回診などでも自然な柔らかい笑顔や、柔らかい話し方をされるので、いつのまにやら、すっかり信頼とゆうか、安心感とゆうか、そうゆうものを感じていた、偉い先生に、今回は診察をして頂きたいな・・・と思っていました。

いや、お若いコトー似の先生も、かなり好きなんですが・・・なんだか・・・第4クールを押しているように思えて、なんだか・・・・・。

もう一方の先生は、ものすごい知性的な先生でありまして・・・・なんだか・・・こう、違う世界に住んでいるとゆうか・・・私ごときには、なにもわからないような、高度な知性を持っているような、とゆうか、完全に知性が高度すぎてもう・・・・そんな先生なものでして・・・・。

 

わたしには、どうにも、2時すぎの空白の20分間は、お昼休みを兼ねた、ちょっとした裏でのお話合いのようなことも、行われているんではないだろうか・・・

とゆうように、思ってしまっておりました。実際のところは、わかりません。

そして、診察が再開されたあと、すぐにわたくしは呼ばれました。

やはり・・・なにか・・・話し合いが行われたのではないだろうか・・・と少し、思いました。

この、少し前(2、3分くらい)くらいから、なんだか・・・頭のなかで・・・今までまったく考えたこともない、「経過観察・・・経過観察・・・」となんだか、浮かんできました。

なんだいきなり・・・と思いました。そういえば・・・「腫瘍は完全に消えました、おめでとうございます」的な、完全回復はないだろう、と思っていましたが、経過観察、とゆう流れも、あるのでは・・・と、いきなり思いました。

 

そして、呼ばれましたので、診察室へと入っていきました。

かなり、手などもガクガクと震えておりました。

目つきが、かなりマズいくらいに、ギッ!・・・となっていたように思います。

声も震えておりました。

入室すると、頭を下げ「よろしくお願いします(ガクブル・・・(震え)」と言いました。

 

先生は、CTを見ながら・・・「とりあえず、見たところ腫瘍は見えないようになりましたね」とゆうようなことを、言いました。

「えっ!!」と思いました。

「胸に炎症のようなものがありますね、せきとかは、出ませんか?」

と言いました。

「ええっっっ!!!」と思いました。

わたしは先生に「それは!胸に転移したとゆうことですかっ!!(震え)」と言いました。

「いえ、ただの炎症ですね」と言いました。

どうやら、ブレオの副作用で肺がダメージを受けているようでした。

「せきは、とくにまったく出てません」と言いました。

「そうですか、経過観察になりますね」と、先生が言いました。

えっ!!と思いました。

「それはっ!治ったとゆうことですか!!(震え)」と言ったような・・・言ってないような・・・。

「そうですね」とゆうようなことを、先生が、言ったような・・・言ってないような・・・(すみません<(_ _)>)。

どうにも、記憶があいまいになってます、このあたり。

 

「予防などはしなくていいんでしょうか・・・?」と言いました。

わたしは、再発予防のために【EP療法(五日間)】などが、ラストには行われるものと思っていましたので、そのつもりで訊きました。すると。

「うがいなどは、したほうがいいですね」と、微笑んでおられました。

おおっっ!!!と思いました。

治ったんだ・・・・と思いました。

わたしは「再発の可能性などは、どのくらいでしょうか・・・?」と言いました。

先生は「かなり低いと思いますよ」と言いました。

おおっっ・・・と思いました。

先生は、完全に【治りました】とゆうようには、言いませんでしたが、リンパの腫瘍のところを、CT画像を見ながら【正常な状態になっています】とゆうように、言いました。

※これは、実のところ今、思い出しましたね(^_^;

 

それから、色々とPCに入力されていましたが、どうやら終わったようで

「それでは、外の待合室で、看護師の方のお話を聞いてください」とゆうように言いました。経過観察になるので、また一ヶ月後に来てください、とゆうようになりました。

 

今までは、診察のあとや、朝の回診のあとなどには、「ありがとうございます」と言っていましたが。

このたびは、初めて「ありがとうございました」と言いました。

外に出ますと、外がやたらと天気が良かったので、外を眺めつつ、看護師さんが来るのを待っていました。

 

その後、会計をすませ、近所のバス停に向かう前に、すぐ近く目の前にある、この街で最も大きい氏神様のおられる神社へと、向かいました。

わたしは、この街へ来て以来、この氏神様への大晦日や正月などのお参りや、お札(ふだ)やお守り、お賽銭、などは欠かさずに行ってきましたので、回復したことを報告に向かいました。

神社の境内では、やけに冬晴れで天気がよく、足を止めて、スマホで写真をパシャパシャと撮りました。

f:id:sakuratei2570:20180204021549j:plain

太陽がいい感じでした。

f:id:sakuratei2570:20180204021751j:plain

お賽銭を、全ての種類の硬貨がありましたので、入れましたが・・・あとで考えますと、1・5・10・50・100・500円玉の硬貨を一つずつだと、なんだか【666円】とゆう・・・海外では、なんだかたぶんいまいちな、数字になっていました。

 

腫瘍のほうが、回復したことを神様に伝え、帰宅するためのバスに乗りました。

 

子供らも、本当に、大変だったと思います。

どうにも、パニック障害なども持ってからは、どうにも、孤独感なんかが強くなると、過呼吸になったりもしてしまうとゆうね・・・・なんともかんとも、なっさけない自分になってしまって・・・・

子供らも、そこらへんは、わかってくれていて・・・・冬の吹雪のなか・・・ほとんど毎日、病院に来てくれました・・・。

なんだか、まあ、すまんかった。

すまんな・・・。

 

姉ちゃんのほうの、受験なんかも、もう、再来週ですよ。

すまん、すまんな。まじでな・・・。

 

余計な話となりますが・・・・

今回、かなり・・・もうかなり前に亡くなっているんですが、ばあさんに、頼みましたね・・・。本当に、どうしようもないくらい、困った時・・・私は、ばあさんに、お願いします。

お金や仕事関係のようなことで・・・どうにもならなくなった時とか・・・。住むところの問題で、とてつもなく困った時とか・・・いろいろ、本当に困った時には、ばあさんに、お願いをしています。

なんでか?といいますと、ばあさんは、日本舞踊などで、かなり偉い先生でしたので、今頃は、なんだか、向こうの世界ではすごく偉い神様のように、なっているんじゃないだろうか?と個人的に、思っているからです。

よく、テレビやラジオにも、出ておりまして。ガキのころには、あまり考えたことがありませんでしたが、今思いますと、すごいな、と思います。

そんなばあさんに、本当に困った時にお願いをすると、たいてい、まったく何もなかったかのように、解決してきましたので、今回も、どうしても第4クールは耐えられるように思えなかったので、ばあさんに、とうとう必死に、お願いしました。

ばあさんも、あっちでも、ゆっくりできず、申し訳ないです。

これからも、いろいろと困ったら、お願いすると思います。

すまん、ばあさん。

 

昨日までは、味覚障害がかなり出ておりましたが、今日になって、なんだかまた少し回復したようでして、昨日作って食べたカレーは中カラでしたが、まったく辛さは感じず、むしろ甘さだけがわかるような感じでしたが、ようやく、だいぶ味がするようになりました。

立ちくらみは、だいぶ回復しましたが、まだまだ立ち上がる際には、目の前が暗くなってきたり、火花がバチバチ出たりするので、油断はできません。

吐き気のほうは、昨日までは、朝起きたあとや、夜起きてると、かなりの吐き気がありましたが、今日はわりと調子が良いですかね・・・。

 

また、あっさりと、再発しなきゃいいなぁ・・・(^_^;)

勘弁してほしい・・・・

あっさり・・・・再発とかはもう・・・

とてもじゃないが、耐えられない。

先生が、再発の可能性を「かなり低いと思います」と言われておられましたので、それを信じて、いろいろと、とにかく頑張ろうと思います。

 

また、なにか、書こうと思いますので、よろしくお願いします。

 

今まで、【とうとう・・・ガンになってしまいました】をもう、45回になりましたが、読んでくださった方、ありがとうございます<(_ _)>!!

 

では、このあたりで、失礼いたします(ゝω・´○)ノでわでわ