とうとう・・・ガンになってしまいました【精巣(睾丸)腫瘍】とリンパ節の転移

精巣腫瘍の発見から、摘出手術→BEP(科学)療法→回復したのかな?!→BEPのブレオマイシンの副作用【薬剤性の肺障害(肺繊維症)】発症!とゆう闘病の日記のような内容になります。ガンにならないためには、どうしたらよいのか?なにかできることは?とゆうことも、書いていこうと思います(*‘ω‘ *)

とうとう・・・ガンになってしまいました【64回目】現状と、歌(明日がある・アンパンマン)とかを見て泣いたり。

こんにちは、こんばんは(`・ω・´)ノ

みなさん、お元気でお過ごしでしょうか。

 

わたしのほうは、相変わらず【薬剤性肺障害】の治療薬である、プレドニンを一日に【5mg×4個】を服用しています。

体内酸素濃度を測るオキシメーターのほうは、とりあえず大丈夫ではないかと思われる範囲内で、【96~98】くらいをウロウロしています。

たまに90とかになる時があるんですが、指を変えたりして、計り直すと大丈夫なので、たぶん、問題ないんじゃないのかな、と思うことにしています。

 

やはり、心配なのは、前回の泌尿器科の検査にて【肺のCT画像】に写った、【白い丸い影】ですね。

たしか画像上では2センチほどでしたが、泌尿器科の先生も、呼吸器科の先生も、【精巣腫瘍の転移】による【ガン(腫瘍)】が写っている、とゆう可能性が【半々(50対50くらい?)】とゆう、恐ろしい診断ですので、非常に日々、次の泌尿器科のCT画像で、ガンであるのかどうか、わかるそうなので、心配で心配で、どうにもなりません。

 

もう、ガンであった時のために、もう入院やら、手術やら、化学療法やら、本当にもういやなので、やはり【自害】する方法も、視野に入れておりました。

しかし、やはり、そこは、子供らもまだ成人するまでかなり時間がありますので、本当によく考えたほうが良いところです。

【自害】による恐怖は、子供らの心配もありますが、自分が【自縛霊】になってしまうこともあります。

やはり、自害とゆうと、自縛霊、からは逃れられないのかな、とゆう心配がつきまといます。

普通に成仏させてもらえるなら、【自害】することに対しては、たぶん、子供らも、いつかは私の【自害】も乗り越えて、元気になる日が来ると思いますが。

自縛霊になって、いつまでも苦しむのだけは、勘弁だな・・・・

と思います。

わたくし、基本的に宗教には入ってませんが、死後の世界については、子供のころから非常に興味があり、色々と調べてきましたので、やはり、自害とゆう方法の場合、自縛霊になる可能性が、どうしても高いように思えまして、怖いですね。

 

子供らにも、自縛霊とゆうことは、いわゆる悪霊なわけですので、迷惑をかけることにもなりかねないですし。

父親が自害した、とゆうことが、子供らの学校に広がる可能性も考えられます。

そうなると、いじめ、孤立。

あまり、良いことはありません。

毎日のように学校で友達や、まったく関係のないものから訊かれる

「おめーの父ちゃん、自害したってマジ??」

みたいな質問を、毎日されることを想像すると、やはり気の毒です。

 

当初は、近くの都市のビルのほうに登り、投身なども考えましたが、やはり、ニュース性が高いように思いました。

ニュースになってしまっては、子供らの学校関係者などにも非常に目立つことになります。

なので、ビルからの投身は、やめたほうがいいように思いました。

昔から、ビルから、ゴミ袋をかぶって、ゴミステーションに飛び降りたら、そのまま、ゴミとして処分されたら、誰にも迷惑にならずに、いいなあ、と思ったこともありましたが。

たぶん、発見されるでしょう。

自分の親が・・・ゴミ袋をかぶって、投身は、子供らからすると、きつすぎかもしれません。

これは、やめようと思います。

 

ただ、やはり、

精神的にきつい日や、元気のない日などは「やはり・・・再発してたら、自害しよう・・・」と思う日もあれば。

わりと、普通の日などは「やはり、再発してたら、なんとか頑張って、大学病院で一人、がんばってみよう・・・・」

とゆう日にわかれます。

 

実際に再発していた場合、自分がどっちを選択するのかは、まったくわかりませんが。

最近、ちょっと、考えが変わってきました。

自害しちゃうと。

子供らに会えないなあ・・・・。

とゆうことを、よく考えるようになりました。

 

再発した場合、「科学療法に対抗性のある残存腫瘍(ガン細胞)」とゆうことになり、以前の【BEP療法】は使えなくなるようです。

残存している腫瘍細胞は、BEP治療に対して、向性があるので、BEPは有効ではないとゆうことです。

なので、【TIP療法】【VIP療法】とゆう治療方法や、【超大量化学療法】など、当初のBEP以外の治療方法での治療、とゆうことになるようです。

ステージとしては、肺への転移で、2センチは超えていたように思えるので、ステージ3-bとゆうことになるんではないでしょうか。

現在のところ、BEP療法で回復して、その後【再発】した場合には【BEP】に対抗性のある残存腫瘍が増殖したものであるので、確たる治療方法は、ない。とのことです。

ただ、TIP療法などは、回復の見込みがあるようですので、大学病院では、そのようなことを行うのではないでしょうか。

たぶん、3クールではすまないと思われます。

そして、精巣腫瘍は治るガン、と言われていますが、BEPや、後腹膜リンパ節の郭清術などを行ったあとに、再発した場合は、回復率は、難しくなってくるようです。

 

ただやはり、あまりにも、BEP3クール頑張って、回復してからまだ二ヶ月くらいで、もう、肺に再発して、2センチって・・・ひどすぎないか?

と思いますし、どうやら、前回の検査でも、いわゆる【腫瘍マーカー】のほうは上がってない、とのことですので、まだガンの再発、と決まったわけではないので、とにかく、次回の泌尿器科の検査を、ひたすら、日々の恐怖と戦いながら、待つしかない状態です。

 

ところで、タイトルにもありますが、歌や、動画を見ていたんですが。

まあ、ちょっと、プレドニンのせいなのか、けっこう、太ったので、運動のようなことを、ユーチューブをつけながら、やっていたんですが。

子供のボンのほうが、

「これが、良かったから聴きたい」と言ってきましたので、聴きながらやってました。

これです。


坂本 九明日があるさ

 

なんとなく、「相変わらずレトロなものが、好きなんだなぁ」くらいに思っていたんですが、トレをなんとなくやりながら、くりかえされる「明日がある、明日があるさ~」のところを何度も聴いていると、わたくしが、最近やはり、子供らにも、どうしても「再発してたら、練炭で、失礼するわ・・・」とか言っているせいで、これを聴いて、頑張ってほしかったのかな・・・と思い、なんだか、切なくなり、少し、泣きましたね。「明日がある、明日がある、明日があるさ~」か・・・。

ついでに、おすすめのところにあった、こっちも聴きました。


Re:Japan 明日があるさ (PV)

最初「浜田・・・あんまり好きじゃないんだよな・・・」と思ったりしましたが、聴いていると、なんだか、序所に、また大勢で「明日がある、明日がある、明日があるさ~」と歌っているので、また、泣きましたね。

 

そして、岡本真夜のTOMORROWなんかを聴いたりもした後・・・

 

これですね。

これを、聴いてしまいましたね。


それいけ!アンパンマン主題歌 - アンパンマンのマーチ

最初の歌詞の「そうだ~嬉しいんだ~生きる喜び~」のところで、もう、子供らがもうとっくに寝ていることをいいことに、鼻水と涙をデロデロと垂れ流しながら、泣きましたね。

「例え胸の傷が痛んでも」とゆうのは、心の痛みのことですかね。

「そうだよな・・・生きるって嬉しいことなんだよな・・・」と思いました。

「♪そうだ嬉しいんだ~生きる喜び~」

「みんなの夢守るため」・・・か・・・。そうだよな、子供らに絶望させるために、生きてきたわけじゃないもんな、と思いました。

「いけ、みんなの夢、守るため」も効きましたね。

「たとえ、どんな敵が、相手でも」のところが、もう、泣きすぎて死ぬかと思いましたね。

ほかにも、なんだかアレンジの効いたものもありますが、こらちの、服部さんの歌は、なぜかやたらと心に響きました。


アンパンマンのマーチ (高音質) 服部恭子

最初のほう、ちょっと、音質がモヤッとしているのかな、と思いましたが、そうでもなかったです。

 

元気なお若い方は、アレンジの効いた元気なものも公開されてますので、そうゆうのも聴いてみると、楽しいかなと思います。

 

やはり、こういった、歌の力とゆうものは、すごいものが、ありますね。

アンバンマンの作者のやなせ氏が、戦争で亡くなられた弟のことを歌詞にしている、とゆうようなお話も、ネットなどでは見たりもしますが。

そうゆうような、弟さんのことなども、含まれているのかもしれませんが、わたし個人としては、やなせ先生は、現代の、アンパンマンを見てくれている【親子】を対象として作詞されたのではないかな、と思いました。

歌の中の、アンパンマンは、子にとっての【親】であり【父であり、母である】のではないかな、と思いました。

アンパンマンが、子供たちの夢を裏切ったら、ダメだよな・・・と思いました。

 

とりあえず・・・今、思っていることとしては。

自害しちゃうと・・・もう・・・子供らに会えないんだよな。

とゆうことです。

わたしは、母がなくなったあと、母とは、父親との仲があまりよくないこともあり、あまり会えなかったのですが、母とは、仲がよかったので、一日でも長く、生きていてほしかった、と思いました。

そして、一日でもいいから、まだ元気なうちに、こっちのわたしの住んでいる家のほうに、泊まりにでもきて、夜通しでも、話しとか、したかったなぁ・・・と思いましたので、子供らも、わたしが自害したら、たぶん、同じように思うと思います。

わたしの子供らに対する教育方針とゆうか、子供らとの付き合い方、とゆうほうが合っていると思いますが、基本的には全て【母】が私と接してきたように、接しています。

【母】なら、こう答えるだろう。【母】なら、こうするだろう。

とゆうようなことに基づいていることが、多いと思います。

もちろん、いちいち【母なら】とゆうようには考えていませんが。

わたしの行動パターンや考え方が、母からかなり影響を受けていて、わたしが母と仲良く話しをしたり、相談したり、そうゆうことが、楽しかったので、子供らも、父子家庭ではあるものの、わたしが母と接していたように、楽しくしてくれたらいいなあ、とゆう考えで、怒ったり、話したり、笑ったり、いろいろ、やっています。

なので、わたしが自害すると、子供らは、わたしと同じように思うと思います。

 

なので、もし、ガンが再発していたら、ここの街からは離れることになり、子供らにもなかなか会えなくなりますが、やはり、どんなにやつれたり、歩けなくなったり、起き上がれなくなったりしても、子供らが来てくれたら、話しもできるし、会えるわけなので、最後まで、頑張ってみようかな、と思ってはいます。

 

では、今回、このあたりで、失礼いたします<(_ _)>でわでわ