【精巣(睾丸)腫瘍】から生還した男が書くブログ

精巣腫瘍という10万人に一人のガンになり、精巣摘出、抗がん剤治療を経て、なんとか回復した男の書くブログです。

【第76回】インフルエンザでした。ガンについて今一度考えたりしてみる。

こんにちは、こんばんは(*´ω`*)ノ✨

 

前回書きましたように、今も蕁麻疹(じんましん)のようなものが、ぶつぶつと出ているのですが、どうしてもこれは掻いてしまうことで、どんどんぶつぶつが増えてきますね。

 

そして、発熱のほうですが。

先日に続き、本日も発熱が朝起きると、38.5度で、全身が痛く、寒く、ガクガクするので、もう先に内科のほうに行かせてもらいましたね。

 

やはり、インフルエンザのA型でした。

薬のほうは、吸入型のものを処方して頂きました。

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イナビル(吸入粉末剤20mg)

を処方していただきました。

 

中身はこうゆう感じのものが入っています。

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まず、①と書いてあるほうをグッ、と押して口から思いっきり吸いこみます。

次に、②のほうをグッ、と押してまた、口から思いっきり吸いこみます。

 

これは二本処方されますので、二本しっかり吸います。

 

これはわたくしは、よくインフルエンザにはかかるので、経験則ですが。

経口タイプのものよりも、効きが早いように思います。

 

なので、この吸入タイプの抗インフルエンザ剤をもらって、しっかり寝ることができたら、ほとんどもう回復することが多いです。

あと、インフルエンザで気を付けないとならないことが、熱が出た時にすぐさま病院に行ってしまうと、まだ体内のインフルエンザウイルスが、増殖していないから、といったようなことだったと思いますが。

検査でインフルエンザである、ことが確定するためのインフルエンザ反応がまだ出ないことが、あるようです。

なので、一日ほど様子を見てから、病院に行くほうが良いのかもしれません。

 

わたしの経験則だと、家族がもうすでにみんなインフルエンザにかかっている場合には、検査で出なくても、高熱(38度以上)が出て、体中の関節やら筋肉やらが痛い、ものすごく寒い。

といったことを先生に言いますと、「それはもう間違いなくインフルエンザですね」といったような形で、抗インフルエンザ薬を出してもらえることがありました。

どこの先生もそうだとは、限らないと思います。

 

それにしても、病院にいて、ちょっと考えたりしたんですけれども。

 

まあ、今さらこのブログが伸びるといったことも、考えにくいんですけれども。

この闘病ブログは、ガンと言ういわゆる【死の宣告】といったような感じのものを受けたお話しから書いているものです。

現代医療がなければ、日本といったような先進国でなければ、あちらのほうの世界に行っていたわけですよ、今ごろはもう。

 

それが、生き残ったわけですので。

なにか、恩義を返したい!

といった気持ちはやはりありますよね。

 

・インフルエンザのお話し

 

鎮痛剤にアセトアミノフェンが出ましたけれども、なんだか、あまりこれは効かないですね。

だまってロキソ様を飲みましたね。

※効かないものはしょうがない。

 

アレルギーを押さえるための【フェキソフェナジン】が処方されたので、めちゃありがたいです。

 

しばらくは蕁麻疹を抑えることができそうです。

まあ、痒いですけれども。

かなり、マシな感じです。

 

マシ、と言っても、痒みは5分の1くらいには収まってますね。

ボツボツも、あまりでなくなり、かなり助かっております。

 

・先ほどのお話し

 

ガンになった人、と言うのは。

一度は体の細胞が、ガンに支配されることを受け入れたわけです。

 

もう、体の細胞に、自力では、自分の免疫力などでは、もうガンの増殖を抑えることができないくらいになった、悪性腫瘍【ガン】になってしまった。

 

これは、本来もう、あちらの世界に行くことが確定していたわけです。

 

ガンになり、病院で検査をしてもらい、初めて、

・何のガンであるのか?

・どのくらい進行しているのか?

 

といったことがわかるわけです。

 

治癒率が、ガンの種類によって、かなり違ってきています。

初期のガンなら、かなり多くの種類が、治癒可能になってきているようですが。

やはり、膵臓などは難しいようです。

 

その、なってしまったガンによって。

検査のあとの、先生の言葉が、違ってくるわけです。

わたしの場合には

「精巣腫瘍です、これは治せるガンなので、諦めずに頑張りましょう」

といったように、言っていただけたように思います。

 

しかし、治癒が難しいガンであったり。

進行が進んでしまっており。

ステージ3や、もう、ステージ4だったりした場合、かなり厳しくなってくるようなので、やはり早期発見がとにかく大事だと思います。

先生の言う言葉も違ってくると思います。

「かなり難しい治療になりますが、がんばりましょう」

とか、言われるのではないかと思います。

 

しかし、また、いろいろゴチャゴチャと考えますと。

今から数十年前に、とある学者先生様が

 

・シスプラチン

と言うような【プラチナ製剤】と言われるものが、精巣腫瘍によく効く、といったことを発見していなかったら。

やはり、助かってないわけです。

 

・ブレオマイシン

は、土の中の菌から作られたとのこと。

それも昔の偉い学者先生が、うまいこと発見してくれたおかげで、シスプラチンと合わせることで、さらに精巣腫瘍の治癒率が高くなったわけです。

 

ちょっと、調べました。さすが、ググール先生。なんでもご存じだ。

 

梅沢濱夫先生、と言う方が1963年にブレオマイシンを発見されておられますね。

1937年、東大医学部卒業、さすが・・・!!(。-`ω-)✨✨✨

 

梅沢先生・・・ありがとうございます<(_ _)>

 

以下、梅沢大先生のことを書かれた文面を、コピーさせて頂きましたものになります。

 

カナマイシン発見で世界の注目を浴びる

 終戦後、濱夫は米国の抗生物質や生化学の研究所を視察。当時米国の研究施設は世界でも最先端にあった。しかし、1950年代になると、米国では大学から企業へと研究の場が移り、抗生物質では利益が上がらないとみるや、企業はたちまちその研究規模を縮小してしまう。一方、日本では政府が大学等の公的研究機関に新しい抗生物質を発見するよう要請し、濱夫の研究は継続されるのである。
 昭和27年頃から、濱夫は放線菌の抗生物質で抗酸菌の発育を阻止し、塩基性で毒性の少ない物質を探す研究を行う。そして、昭和30年、長野県の土壌からとれた放線菌からカナマイシンを発見する。当時、すでに耐性菌の問題が生じていたが、カナマイシンはこれら耐性ブドウ球菌、耐性グラム陰性菌、耐性結核菌等に効果を発揮し、市販されてその臨床的有効性が世界的注目を浴びることになった。
 また、濱夫の研究対象は抗がん剤にも及ぶ。最初の発見は昭和34年のフレオマイシンであったが、遅延性の腎毒性が認められ臨床応用は断念する。しかし、昭和38 年に共同研究者とともに、フレオマイシンに類似しているが腎毒性のない物質ブレオマイシンを発見する。
 DNAを切断する機序を持つこの物質が、扁平上皮がんによく効くことやホジキン肉腫に著効を示すことが他の研究者たちの協力で判明し、抗生物質によるがん抑制の仕組みを世に知らしめることになる。
 かくして、梅澤濱夫は世界的な抗生物質の発見から多くの同胞の命を救い、医学史に燦然と輝く足跡を残すことになる。

※業績に関しては、その詳細を梅澤濱夫記念館(東京都世田谷区玉川1-3-28 Tel : 03-3441-4173)で閲覧することができます(要予約)。
 
 
 
 
梅沢先生は、抗生物質なども発見された、医療の発展では欠かすことのできない大変なに偉大なる先生であったと言うことです。
 
そのように、いろいろなことが重なって、生き残ったわけですので、ありがたいと思わないといけません。
 
 
とりあえずは、子供らをなんとか育てていくことですかね。
 
それでは、このあたりで、このたびも失礼いたします。
 
(´▽`*)ノでわでわ